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 秋田犬との再会

 成長した姿を見てもらいたい、と当地から子犬を迎え入れたご家族が旅立ち後数カ月から1、2年ほどして里帰りさせることがある。その際、興味を誘うのが秋田犬の親子が再会したとき、互いにどのような態度を取るか。人間の親子なら、「よく帰ってきた。元気でいたかい」と、親が子に優しい言葉をかけてやるのだろうが、秋田犬の親子の再会を見る限り意外な印象を受ける。

 父犬と子がオス同士の再会。里帰りしたわが子が一定の間隔まで近づくと、父犬がウー、と唸り声をあげ、威嚇するように吠えることが少なくない。父犬が犬舎内にいて、子は綱をつけたまま犬舎外から父犬と再会するのだが、父親は「何者だ、こいつは」と言わんばかりに吠えつける光景を見かける。わが子よ、といとおしむ様子は微塵もない。その際、息子は父犬に威嚇されて小さくなるか、逆に吠え返す、かのいずれかの場合が多い。旅立つまでの間、ともに散歩や運動をした仲なはずなのに、なぜ1、2年会わずにいただけで、父は息子を「よそ者」扱いし、子も似たような態度を取るのだろうか。

 一方、母親がわが子と再会したときは、子がオス、メスのいずれであろうと、母犬は父犬のように威嚇はしないし、子も母犬に食ってかかるような態度を取らないことが多い。とすれば、子は父との再会、母との再会に対しての意識のありようが異なることになるが、ある意味それは当然かも知れない。人間の子なら、生まれてすぐに父親とも対面するが、犬はそうではない。母犬が犬舎内にこもって父犬の存在などまったくないまま出産する。

 そして、子犬たちは授乳時を中心に、母犬とのみ暮らす。子犬たちにとっては生まれてから旅立つまで父親の存在など、どこにもない。ともに運動や散歩する機会があり、同じ犬舎に父母がいても、子犬は母親のことは意識しているが、どれが父親かも子犬には恐らく分からないだろう。実際に、子犬が旅立つときに母親はそれを察知し、寂しげにクーン、と鳴くことがあるが、父親はそうした態度はみせない。だからこそ、父親との再会、母親との再会は、実の子にとっては意識の中にそれぞれ異なるものがあるように思える。

 当地の大ベテランオーナーに訊いてみた。「1年後、2年後に親子が再会したら、彼ら、彼女らはお互いを憶えているのか」と。即答が返ってきた。「憶えていないよ」。それで、父親の息子に対する態度に合点がいく。つまり、「再会」ではなく「よそ者が来た」にすぎないということだ。そこが人間と、犬との違いであろう。

 秋田犬は、前オーナーやその家族、とりわけ、旅立つまで深い愛情を注いだ人のことは忘れないという。これは、乳をあげて育てた母犬以上に、深い愛情で接した人間の方がむしろ「親」に近いことを意味する。

 前述のベテランオーナーは言った。「地方の展覧会に審査員として行った時のこと。1頭の犬がそばに来て、うれしそうに尾を振ったり、手を舐めたりして離れようとしない。私の犬舎で生まれた犬と、何年かぶりに再会していたんだよ。こっちはすっかり忘れていたのに、犬は忘れないんだねえ」。前の飼い主のことは忘れない。これこそが、人間と犬が長い歴史の中でパートナーでいられる背景の一つかも知れない。

 過去に1、2例しかないが、前述のオーナーが里帰りした犬の歯をチェックしようと家族の前で犬の口を開けようとしたところ、前オーナーを威嚇したり、手に噛みついたことがあった。前オーナーは機嫌を損ねた。犬に対してではない。過保護、溺愛ゆえに、そのような犬に貶(おとし)めてしまった家族への不快感。

 叱らなくてはならないときに叱らず、至れり尽せりの溺愛で育てると、いかにすばらしい素質を持った秋田犬でも臆病者、駄犬になり下がる。過保護に育てるあまり、犬をそのようにしてしまった飼い主の側に問題がある。

 旅立った犬との再会。それは、繁殖者にとってはうれしいことであり、迎え入れた家族が深い愛情とともに育ててくれているのをその犬から感じ取れると、喜びもひとしおである。わが犬舎で生まれた犬の里帰りは、まさに「わが子の里帰り」なのだ。迎え入れた家族にとっては正しい飼育、管理をしてきたか否か、評価されるときでもある。

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