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残されぬ「虎の巻」

 当地から秋田犬をお迎えいただいた方々の課題などに即応できるように、当クラブでは常日頃ベテランから指導を受けているほか、秋田犬に限らず犬全体について有意義な知識が得られるテレビ番組や犬の本などにも努めて目を通すようにしている。

 中でも犬のしつけなどについて書かれた本は、いずれも然るべき立場の方が執筆しているわけだが、犬種を特定せずに「犬」を一括りにして躾や管理の方法などを記した解説書的な書籍が圧倒的に多い。犬種を特定した専門書は、ニーズの高さに反比例してごく少数といえよう。

 犬は犬種によって、その特性はまちまちだ。秋田犬には秋田犬だけの特性がある。そうした意味では、種々雑多な犬種を一括りにした書籍は、おおむね平均的なことを解説していることになり、個々の犬に特定できない分、限界がある。

 例えば散歩について。ある書籍では、散歩の時間は不規則にするよう奨めている。また、別の書籍も、毎日決まった時間に行わなくても良い、という趣旨の内容で書かれている。つまり、飼い主が出かけたい時に散歩をすればそれで十分である、と。散歩の時間を日々特定してしまうと、その時間が近づいてくると犬が吠えて催促したり、飼い主が家から出て来なければいらいらしたり、などデメリットが多いことを強調している。

 しかし、当地の秋田犬のベテランはまったく逆の考え方である。「決まった時間にきちんと散歩(運動)をさせることで、秋田犬そのものが規則正しさや飼い主への忠誠心など、身につけることは多い。飼い主が、今は面倒だからとか、できないから、といった理由で日々まちまちの時間に散歩をさせていたら、犬そのものも精神的にだらけてしまって秋田犬本来の良さが失われる」と飼育歴50年余の大ベテランなども、散歩を含めて犬と自分が規則正しい生活をするよう推奨している。

 実際に、当地の秋田犬はどのオーナーの所有であっても、散歩や運動の時間が近づいてくると、「時間だぞ。外へ出せ」と言わんばかりに吠えるようなことはせず、オーナーが犬舎から出してくれるのをゆったりと待ち、いざ外に出してもらうと、これ以上うれしいことはないという仕草で躍動的に喜びを表わす。全国の中には「うちの秋田犬は、そうじゃないよ」という方がいるかも知れないが、散歩だけが生活の一端ではなく、すべてにわたって秋田犬に向いた管理の仕方というものがあり、散歩の時間を急がず、あせらず待つ姿勢もその延長線上でオーナーがしつけたものといえよう。

 また、犬が撫でられるのを好まない部分の一つに「わき腹」を挙げている書籍も散見されるが、個体差は多少あるにせよ、少なくとも当地の秋田犬はわき腹を撫でられるととても喜ぶ。さらに、子犬のときに甘噛みをしたがる理由としてある書籍は、乳歯から永久歯に生え変わる過程で「歯のむずがゆさ」を抑えるために、ということと、それ以上に好奇心旺盛なため、と書いている。

 しかし、当地では唯一最大の理由として歯の生え変わり期を挙げており、「好奇心から」と説明するベテランオーナーは皆無に等しい。もし「好奇心から」だとすれば、歯の生え変わり期以前から甘噛みをするはずであるが、甘噛みが顕著にみられる時期が歯の生え変わり時期とほぼ符合することからすれば、歯茎がむずがゆいがために自分でも何とかしたい気持ちの表れとして、何かを噛んでいたい、と考えるのがむしろ妥当であろう。とはいえ、個々によって多少ばらつきはあり、生後40日前後でも甘噛みをしたがる子犬はいないではないが……。いずにせよ、犬の書籍を読むと、「これは秋田犬には合致しない」と思える部分が複数見つかる。

 ある時、日本を代表するといっても過言ではない秋田犬大家が言った。「秋田犬の専門書は、ないに等しい。元気なうちに書き残したいのだが」と。秋田犬展覧会で審査をする際の、審査箇所を現代向けに体系づけたほどの人で、全国の審査員でこの人を知らなければ「モグリ」と言われかねないほど有名、かつ秋田犬界にとって重要な存在だ。

 だが、恐らくその方の手で秋田犬の専門書が世に出ることはないだろう。その方自身が多忙なことと、80代になり、執筆意欲がすでに失われたためである。少しでも、正統派の秋田犬飼育を皆さんに伝えようと、当クラブHPではその方からの取材を中心に参考になる内容を掲載している。

 しかし、その集大成となる一冊の本、つまり秋田犬飼育の「虎の巻」が秋田犬発祥地のここ秋田から世に出ることは、前述の理由で恐らくあるまい。それが世に送り出されることによって、秋田犬の正しい飼い方が確実に次世代へと受け継がれていくのだが……。秋田犬の生き字引が書いた体系的な本が、歴史の中に残されぬこと。秋田犬界にとってそれは、まぎれもなく損失である。

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