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海外からの顧客

  コラム「秋田犬と外国人」でも触れたが、今回も外国人の話。ある事例を取り上げてみたい。相手は米国人男性。日本円で丸が六つの予算を提示してきた。生後6カ月以内の赤・メスを購入したいという。提携オーナーらと検討に入る旨を伝えると、その人は日本語で新たにこんな要求をしてきた。「提案犬と父母の全血統書、それに健康証明書のコピーをすべて送りなさい」。要求は箇条書きにされていたが、一行に要約するとそうなる。「働く犬がほしい」とも。

 そのメール文を読んで、さすがに「おい、おい」と口をついた。「送ってください」ならまだしも、いきなり「送りなさい」はないだろうと。何項目にもわたって、しなさい、しなさい、を連発されると相手が日本語に長けていないであろう外国人とはいえ、さすがにこちらもむっと来る。仕方なく英語で「あなたは日本語を使えるようですね。ただ、もう少しマナーのある言い回しを学ばなくてはなりませんよ」と返した。

 日本語を正しく使えないなら無理に日本語で文を作らず、すべて英文にしてくれればありがたいのだが、その点は百歩譲るとして、提案犬と父母の健康証明書をすべて要求されると、さすがに「ご勘弁を」といいたくなる。欧州の場合はこれに加え、レントゲン写真まで事前に求めてくる。

 ほかの犬種ならいざ知らず、日本人同士で秋田犬の取引をする際、レントゲン撮影を求める慣習はまったくない。例えば、秋田犬の熟練オーナー同士での取引の際にレントゲン撮影を希望しようものなら、「私が作った犬をそんなに信じられないのなら、来ないでくれ」と立腹されかねない。疾病や事故などの際にレントゲンを撮るのは当前だが、譲渡の際にそれを求めようものなら、日本では相手を侮辱しているに等しい。

 しかし、欧米とりわけ欧州は、日本とまったく考え方が異なる。レントゲン撮影の結果、関節に異常がみられると種犬として使わないし、関節の組み合わせを含む骨格構成に強くこだわる。当然のごとく、日本から秋田犬を購入する際もほとんどがレントゲン撮影を事前に求める。欧米に秋田犬を何度か出しているオーナーや秋田犬専門業者はその点を割り切っているようだが、ほとんどの秋田犬オーナーは海外の購入希望者からそのような要求をされた場合、顔をしかめる。中国や韓国などアジア圏はレントゲン撮影を求めるケースは少ないが、欧米人は基本的に考え方が異なるため、日本人の視点からすると「なぜレントゲンまで撮らなくてはならないのだ」ということになる。レントゲン撮影の結果、万一疾患がみつかると、欧州の顧客などは「そんな犬はいらない」となり、日本人オーナーもすこぶる不快な思いをさせられる。

 さて、冒頭の米国人の話に戻る。血統書のコピーぐらいならともかく、提案犬と両親犬を獣医師へ連れて行き、購入が決定していないにもかかわらず経費を投じて健康診断をさせるというのも、日本人オーナーからすれば面倒かつ不快なことなのだが、当の米国人は日本人のそんな胸中などお構いなしだった。本来、購入が決定してから犬と一緒に健康証明書を添付すべきものである。「こっちは高いカネを出して秋田犬を購入する客だ。何でもかんでも事前に準備しろ」では、それでなくとも誇り高い日本の秋田犬オーナーが、すんなり首を縦に振るはずはない。

 まして、「働く犬がほしい」とはどういう意味か。秋田犬を介護犬か牧羊犬、はたまた警察犬にでもするつもりなのだろうか。秋田犬はそばにいるだけで人の心を癒し、美しさ、たくましさ、優雅さで見る人の目を楽しませてくれるところに魅力がある。にもかかわらず、さすがに「働く犬を」と望まれたときは、文字を読みつつ目を疑った。そうしたことなどを含め、欧米人はとにかく要求が著しいため、たとえ全額前金でも億劫にさせられる。そのようなことからすれば、かつて当地に弟を派遣して秋田犬を購入した世界的スーパースター、スティービー・ワンダー氏は真に秋田犬を愛する価値のある人、といえよう。

 こんなこともあった。北関東の国立大学にペルーから留学している若者。2頭の秋田犬がほしいという。失礼ながら、ペルーはお世辞にも裕福な国とはいえないし、麻薬などを背景に犯罪発生率も世界屈指の高さだ。その国から日本の国立大学に留学していることから察するに、厳しいやりくりの中、勉学に励んでいるはずである。

 そもそも、苦学青年が宿舎かアパートで秋田犬を2頭飼育するということ自体、無理がある。聞けば、「父親が母国で重病なので、秋田犬を送って励ましてやりたい。予算は1頭につき1万円が精一杯」という。何とかしてやりたいのはやまやまだったが、子犬を2頭もペルーまで送ろうものなら、運送料だけで30万円以上×2頭分はかかる。また、重病の父親を励ますのに、なぜ別の犬種ではなく秋田犬でなければならないかについても、彼は何も語ってくれない。提携オーナーらと検討した結果、「もし話が本当ならそのお父さんのために一肌脱いであげたい」というオーナーもいたが、結局、ペルー人青年の話に「真実」が見えてこなかったため、腰を上げるには至らなかった。

 このほか、本場の秋田犬を全土に広めたいという中国人の申し出など、紹介したらきりがないわけだが、基本的には秋田犬に対しても日本人と外国人とは価値観がかなり異なる。フランスの貿易業者からは「ヨーロッパでは秋田犬の相場は1頭12万円ほどだが、いくらで売ってくれるの?」と聞かれた。あきれてものもいえない気分だったが、「こと秋田犬に関しては、日本ではそちらのような平均いくらという観念はありません。1頭1頭、違うのです」と丁重に答えた。まして、日本側の誠意を裏切って犬だけせしめるケースは依然後を絶たない。

 ある台湾企業の社長は、こういった。「台湾では秋田犬の野良犬もみられます」と。これには開いた口が塞がらなかった。台湾といえば、日本の秋田犬団体の台湾支部まである秋田犬の盛んな土地柄なはずだ。せっかく日本からすばらしい秋田犬を送っても、ゴミ同然に扱われたのでは論外である。たとえどれほどの大金を積まれても、直接当地に出向いてくるほどの熱心さを持ち合わせた人でない限り、外国人には大切な秋田犬を託すことなどできない、との気持ちを強めざるを得ないのが現実である。

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