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高齢化やさまざまな障害に伴い、職人気質のベテラン飼育者が秋田犬に別れを告げる日は、必ずやって来る。それでもなお、1日でも長く秋田犬と暮らしたい。とりもなおさずそれは「秋田犬を愛しているから」。そうした思いで日々秋田犬と向き合っているベテランは、全国に少なからずにいることだろう。その中から今回は、秋田県大館市の2氏の例を取り上げてみたい。 「おれから秋田犬を取っちまったら死んじまうよ」。Aさんはそう言った。自宅敷地内の犬舎に、5頭ほどの秋田犬が暮らしている。2人の娘は嫁ぎ、今は独り身。秋田犬展覧会の最高峰、名誉章犬も誕生させたことがあり、市の観光キャンペーンや警察署の交通安全運動に伴う行事など、秋田犬が登場するイベントにも協力を惜しまない。 重くのしかかる"圧力"に耐えながら、Aさんは秋田犬と生活をともにしている。自宅のわずか数メートル前がマンション、そして裏手は隣家が薄壁1枚で隔てている。秋田犬が少し吠えただけで、保健所に匿名の苦情電話が入る。保健所職員による立ち入り調査も、複数回にのぼる。どの犬も性格は穏やかで、むやみに吠えたり唸ったりするようには見えない。しかし、嫌がらせともとれる執拗な苦情。Aさんは思いつめ、肩を落とした。「周囲はみんな、おれが秋田犬をやめたら万々歳なんだ。けど、仕事も定年退職し、暮らす家族もいないし、おれから秋田犬を取っちまったら死んじまうよ」。 今さら、マンションの住人や折り合いの悪い隣家に迎合する気にはなれない。断腸の思いで、Aさんはある決心をした。数10年暮らした自宅を取り壊し、土地を売ったカネで生まれた地に帰ろう。今でこそ合併によって「大館市」だが、Aさんはクルマで30分ほどの隣町で生まれた。周囲が田んぼや山々に囲まれた「日本の原風景」が色濃く残る地。そこなら誰にも文句を言わせず、思う存分秋田犬と暮らせる。立派な家を建てる必要はない。「どうせ暮らすのはおれ1人だ。工事現場にあるようなプレハブで十分」。心を決め、市役所にも必要な手続きを済ませたという。娘たちを育て、長年暮らした土地への心残りがないといえば嘘になる。が、保健所への苦情電話がそうさせてはくれない。Aさんが愛する秋田犬とともに住み慣れた地を後にする日は、遠くない。 Bさんが市内の総合病院に救急搬送されたのは、2011年8月初旬。秋田犬仲間の犬舎で生まれた子犬を見に夫人を伴って出かけた帰り、自宅玄関にたどり着いた矢先のことだった。糖尿病と長年闘い、心臓病のバイパス出術も受けている。夫人は、どんな用事でも夫の代わりにハンドルを握り、寄り添う。 「心臓ペースメーカーを埋め込まなくてはなりません」と担当医は、Bさんに告げた。電気刺激発生装置。装着すれば、10年程度は使えるという。Bさんは、とっさに思った。「あと10年、秋田犬と暮らせるなら」。かつて本部展で1度に2頭の名誉章犬を出すという"離れ業"をやってのけ、秋田犬団体地元支部の役員としても長年貢献してきたBさんにとって、秋田犬は切っても切り離せぬ存在だった。 無事に手術を終えたBさんの病床を、何人もの犬仲間が見舞いに訪れる。ぽつりと、Bさんは言った。「あいつらはどうしてるだろうか。入院生活の一番の辛さは、秋田犬の顔を見れないこと。早く、帰りたい」。 秋田犬と暮らす歳月が大館市内でも屈指の長さを誇るBさんには、息子はいるものの、"跡継ぎ"にはなり得ない。「秋田犬馬鹿は、おれ一代だけ」と語る。しかし、一抹の寂しさがないわけではない。常時3頭から5頭が暮らす犬舎は清掃が行き届き、複数の市営住宅に取り囲まれた立地にもかかわらず、鳴き声ひとつ響かない。すべての犬が穏やかなのに加え、構造上の工夫もあろう。 「ペースメーカーが10年もっても、おれ自身はそんなにもたないよ」と頬を緩めつつ、齢80に遠くないBさんは言った。けど、1日でも長く秋田犬と暮らしたい。本音を知り尽くす夫人は、健気に夫を支え続ける。
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