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あきれた獣医師

  とんでもない獣医師がいたものである。「今かかっている獣医師は信用できない」など、少なからず秋田犬愛好家の皆さんから良からぬ話を聞くが、今回は当クラブが大きな迷惑をこうむった事例を取り上げてみたい。同業の獣医師も「そんないい加減な獣医師、日本にいるの?!」と驚くほどだから、農水省と公益社団法人日本獣医師会への相談を考えたが、書き手のモラルとして、個人を特定できる表現は避けたいとの結論に落ち着いた。ただ、青森県の獣医師でことあるだけは、明確にする。

 秋田県で生まれ青森県で暮らす秋田犬(成犬)を、欧州に送り出すことになった。白羽の矢を立てた犬には、すでにマイクロチップが装着されていた。ご承知のように、犬の皮下に埋め込むマイクロチップは個体を識別する上できわめて重要な役割を果たし、故障で読み取り不能にでも陥らない限り、装着された犬にとって"一生もの"となる。

 便宜上、「A獣医師」としておこう。欧州に送り出す犬に、過去にマイクロチップを装着したのはA獣医師だった。「前に入れたマイクロチップがだめになっているかも知れないので、新しいのを装着しましょう」。A獣医師は、オーナーにそうもちかけた。ここで重要なのは、正常に機能しているかどうかを、マイクロチップの個体識別番号を読み取るリーダーで確認せずにオーナーに勧めた点だ。そもそもA獣医師は、リーダーを所有していない。

 つまりは、登録されているマイクロチップを無理やり犬の皮下から剥ぎ取り、新たなマイクロチップを装着しようというのである。金儲け以外の何ものでもない、と思いたくもなる。機能している可能性が高いマイクロチップを正当な理由もなく除去するなどということが社会的、法的に認められるなら、「これは盗まれたあなたの犬ではなく、別の犬ですよ。マイクロチップの個体識別番号も違うでしょう」といった類の、証拠隠しがいくらでもまかり通る。

 当クラブは「絶対にやめてほしい」とオーナーに依頼したが、A獣医師の口車に乗せられたらしく、「全然問題ない、まったく問題ない」と当クラブに安請け合いし、新たなマイクロチップを入れてしまった。ちなみに、マイクロチップを装着した場合、リーダーを装着部分にかざして個体識別番号が表示されることを確かめて初めて完了となる。リーダーの写真は「海外旅立ちの前に1」のページをご覧いただきたい。

 「○○さん、怒るでえ」。当クラブからの依頼で動物検疫所関西空港支所での検疫手続きを引き受けた大阪のIさんは、検疫手続きの最中、受話器の向こうで唐突に切り出した。犬にマイクロチップが装着されていないという。何種類かのリーダーで読み込みを試みたが、どれもまったく反応しない。検疫手続きの数日前に資料一式を動物検疫所に提示し、A獣医師が新たに入れたマイクロチップの個体識別番号を記載した証明書を含めて"事前審査"はすでにパスしていた。

 しかし、肝心のマイクロチップが装着されていないというのだ。検疫をパスしなければ、検疫翌日に日本を発つスケジュールが台なしになる。さすがに、頭が真っ白になった。だから、新たなマイクロチップを獣医師に入れさせるなとオーナーに言ったのに、何が「全然問題ない、まったく問題ない」だ、と怒りが込み上げてきた。

 動物検疫所の獣医師に直接、A獣医師に問い合わせてもらうしかない。A獣医師は同検疫所の獣医師に対し、悪びれることなく平然と答えた。「確かに装着しましたよ。けど、ちゃんと入ったかどうか分かりませんねえ。リーダー、持ってないし」。この無責任さには、検疫所の獣医師ですらあきれ果てたのは言うまでもない。

 動物検疫所の業務終了まで、あと30分もない。欧州で首を長くして犬との対面を待っている新オーナーは、直接来日して犬をつれて帰りたがっていた。しかし、広大な敷地内の立派な犬舎で暮らしている15頭の秋田犬の世話を放り出して来日するわけにはいなかった。このため、代理人が来日していた。その代理人に翌朝、犬を引き継がなくてはならない。

 万事休す、と思えた。が、Iさんは大阪市内の動物病院に片っ端からあたり、午後7時までならマイクロチップを装着してくれるという獣医師を見つけた。「これから向かう。証明書を書いてくれるかどうか分からないけど、拝み倒してみる」と微かな"明光"を見せてくれたIさんは「高くつきまっせ」と、大阪人特有の冗談を飛ばした。

 新たなマイクロチップをその夜のうちに装着できたとしても、翌朝の搭乗手続きには間に合わない計算だった。動物検疫所の業務開始は午前8時半。どう転んでも、欧州からの代理人へのバトンタッチはアウト。しかし、半ば奇跡が起きた。というより、同情してくれた検疫所職員の計らいだったのであろう。翌日、Iさんは業務開始より30分早い午前8時ごろに検疫所での最終手続きを終え、搭乗手続き締め切り直前の午前9時前に、足踏みをしながら待つ欧州の代理人にかろうじて犬を引き継いだ。

 みずからも秋田犬と暮らし、秋田犬をこよなく愛するIさんの理解と協力がなければ、すべてが水泡に帰していた。多忙な会社社長であるIさんには、心底頭が下がる。

 当然のことながら、諸悪の根源は無責任きわまりないA獣医師である。新たなマイクロチップを装着した大阪の獣医師も「そんないい加減な獣医師、日本にいるの?!」と驚きを隠せなかったという。

 海外に犬を輸出する際、獣医師の署名、捺印による健康証明書が必須である。A獣医師は言った。「そんなの書かないよ。ぼくが健康だって言ってんだから、それでいいじゃん」。この者のような劣悪な例は全国でも少数派と思うが、獣医師の誠意と良識を問いたい。

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