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秋田犬の美学

 今コラムは、2010年に公開した虎で勝つ「格」の続編である。秋田犬発祥地、大館を数十年にわたって牽引したある先人は、ひとつの言葉を遺した。「秋田犬の美学は虎にあり」。先人は、言った。「展覧会で手っ取り早く勝ちたいから、多くの者が赤に飛びつく。だが、優れた秋田犬を作ろうと数十年向き合ううち、赤では物足りなくなってくる。そして最後は、虎に達する。それが真の秋田犬飼いだ」。

 赤は迎合の色であろう。柔らかい色調が世間受けし、散歩をしていても「かわいい〜」と誰もが近寄ってくる。しかし、虎の色には人を寄せつけぬ、いかつさがある。「恐い」「暗い」「汚い」と感ずる者もいるし、赤のように人が群がることも少ない。散歩をしていても、無視されるか、遠巻きに見られるぐらいのものだ。そもそも、秋田犬と気づかぬ者も少なくない。

 虎は「寄らば、斬る」の厳しさをたずさえている。虎の奥深さはそこにあり、あえてむずかしい虎で戦(いくさ)に挑み、並みいる赤を抑えて全国を制覇する。それこそが「秋田犬の美学は虎にあり」の真髄であろう。

 秋田犬展覧会の最高峰、本部展ではここ数年、虎でKING OF KINGSたる名誉章に輝く例が目立ってきた。2018年春の第138回などは2頭の名誉章のいずれも虎だった。数多い赤も太刀打ちできぬ奥深さ、芸術の域に達する完成度を、2頭は誇っていた。半生を傾注せぬ限り、あのような虎は作り得ない。

 虎で勝つには、赤以上に乗り越えなくてはならぬ壁がある。例えば色。赤は基本的に「焼け赤」と言われる濃い赤、中間的な濃さ、薄めの3タイプに大別される。つまり、シンプルな見立てで済む。しかし、虎は黒と白、「赤虎」と呼ばれる黒と赤の色調に加え、複雑な模様に「美しい」「醜い」がある。赤のように色のみで済まされぬハードルの高さが、虎にはある。

 そして、赤に比べて分が悪いのが「目の甘さ」、かつ鉢(頭部)であろう。赤ですら「どんぐり眼」が圧倒的に多く、強い眼を持つ犬は希有である。虎はなおさらで、眼の強い赤と展覧会で競えば十中八九勝ち目はない。ゆえに、万に一つ、強烈に強い眼を持った虎が生を受けたら、虎に人生をかけてきた熟練者の喜びは計り知れない。鉢の大きさも同様で、優れた赤の頭部に太刀打ちできる虎はめったに生まれることはない。

 優れた虎のみを作るために情熱を燃やし続けた熟練者は、秋田犬発祥地、大館にはいない。難易度の高さゆえに、秋田県全体でも皆無に近い。「虎以外は秋田犬ではない」と豪語する者たちが、青森には数人散在する。良い虎を作り上げることをあきらめぬ津軽衆独特の「じょっぱり」が根底にある。その気概は、秋田の比ではない。

 願わくば、秋田犬ファンの皆さんにはもっと虎に関心を持っていただきたい。虎は赤や白とはまったく異質で、いわば「孤高の深遠さ」がある。虎に出会える機会は少ない。「秋田犬の美学は虎にあり」。運よくどこかで出会えたら、先人の言葉を思い起こしていただきたい。  (2018年11月12日掲載)

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