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躾と寡黙な散歩
 他犬種と同様、秋田犬も躾(しつけ)方法を誤ると、いかに優れた素質に恵まれた犬でも"駄犬"になり下がります。飼い主が「これでいいだろうか」と自問自答し続けなくてはならぬことの一つに「愛情」と「溺愛」の違いがあります。当然のことながら双方には雲泥の差があり、「愛情」と認識しているつもりでも実は「溺愛」である場合が少なくないのです。これは犬に限らず、親のわが子に対する躾と相通ずるものがあります。

 深い愛情をそそいでわが子を育ててきたつもりでも、実は溺愛だったがゆえにとんでもない大人になってしまった例は人間社会でも少なくないことです。親の溺愛を受けて育った子は、自分を中心に世界がまわっているという誤った価値観をもったり、人を思いやる心が希薄なのが大きな特徴の一つでしょう。犬も飼い主に溺愛されて育つと「この家で一番偉いのは自分」と誤認識し、1度そうなると"軌道修正"には大きな苦労が伴います。

 こんなテレビ番組がありました。何頭かの「ダメ犬」にそれぞれ訓練士がつき、各々のノウハウで"優秀"な犬に変貌させようという企画。その中に1人、気になる女性訓練士がいました。男顔負けの口調で犬ばかりか飼い主までも叱咤し、犬を引き綱で殴りつけて服従させるその方法は彼女独特の考え方に基づく技術のような印象を与えました。

 秋田犬の場合も、必要に応じて叱ることはとても大事です。しかし、ほかの犬種は殴りつける方法が容認されるのかどうかはわかりませんが、秋田犬は1度でも殴ると、信頼関係は修復できないと考えなくてはなりません。殴る行為によって表面的に従わせることはできても、犬の心の中にある飼い主に対する感情は恐怖心以外の何ものでもないからです。

 前述の訓練士の場合も、映像で観た限り、確かに犬は服従しているように見えますし、訓練士本人も言っているように「飴とムチ」を上手に使い分けている印象は、確かに与えます。ただ、テレビに登場した数人の訓練士の中で、犬を殴ったのはその訓練士だけで、ほかは誰もそのような行為には出ませんでした。

 結局、走ったり、泳いだり、バーを飛び越えたりする、いくつかの種目をとおして最高得点を獲得したのは、犬の特性を的確に把握して良さを最大限に引き出してやる能力に長けた、別の訓練士でした。訓練技術のレベルや方法論はどうあれ、はたから見ていても犬を殴りつける光景は醜いものです。それどころか、法改正伴って今では虐待とも受け取られかねません。

 こんな例がありました。秋田犬飼育歴3年の男性が、ベテランオーナーから1頭の優れた子を譲り受けました。生後8カ月ほどに成長し、当クラブ事務局員が立ち姿を撮影しようとしたところ、なぜか徐々に尾が垂れてくるのです。巻尾を維持できない秋田犬は評価が低く、当然のことながら展覧会でも大きく減点されます。少しずつ尾が垂れてきている、と飼い主に指摘すると、飼い主は尾が垂れるたびに引き綱で犬の頭をはたきました。綱で頭をはたく行為は、直接手で殴る行為と大差はありません。

 事務局員は後に前述のベテランオーナー犬舎を訪ねる機会があり、なぜその犬が尾を垂れるのかを問うと、べテランオーナーは頭をかしげ、「垂れる犬じゃないんだが」と怪訝そうにいいました。そして、付け加えたのです。「まさか、殴ってるんじゃないだろうな」。これは、頭を殴ったり、はたいたりする行為を続けると、本来あるべき性格が少しずつ捻じ曲げられ、巻尾を保てなくなるなど表面的な形として表れることが少なくないことを示しています。

 どうしたら秋田犬は飼い主を信頼し、素直に服従してくれるでしょうか。実は、必要に応じて叱るのが最も効果的なのです。言葉を変えれば、必要があるときはきっちりと叱ってあげなくてはならないということです。しかし、のべつまくなしに叱っていたのでは、何の効果もありません。どのような時に、犬の側に「自分は叱られているのだな」と思わせるのか、のコツを飼育者自身が極めることが重要です。

 前述のベテランオーナーの方法を紹介しましょう。ヒントは散歩にあります。散歩中は、極力犬に話しかけないで半ば無言で引き綱を持ってください。そして、例えば路上に落ちている物を口にしようとしたり、誰かに吠えようとしたり、といった「してはいけない」ことをしようとしたら、強い口調で1度だけ「だめ!」と叱るのです。散歩中も犬に話しかける行為を続けていては、「だめ!」の効果はまったく失われてしまいます。とにかく、飼い主はみずから寡黙に徹して散歩させることが大事です。

 この躾方法は散歩中に行うことが最も高い効果を得られますが、散歩以外でも実践することが望ましいです。人間とおしゃべりするように愛犬に話しかけることがとても好き、という方には、犬に話しかけないことは犬を飼育する楽しみ自体が半減したような気になるかも知れません。しかし、いつも話しかけている人が急に「だめ!」と叱っても、当の犬はなぜ叱られたのかをいつまでたっても理解できませんし、そうした叱責の言葉自体意味をなさなくなります。

 躾をきっちりとするために、前述のベテランオーナーはそれぞれの犬舎に入っている何頭もの秋田犬たちにも気安く声をかけたりしません。寡黙によって、いざというときの「だめ!」で、自分が叱られているのだなと秋田犬は理解し、展覧会でも堂々たる立ち姿を披露します。一般の飼育者の方々には、ふだんから「犬に話しかけるな」といっても無理があるでしょうから、効果的な躾を望むなら、せめて散歩だけでも寡黙に徹しましょう。

 なお、秋田犬を溺愛したり過保護にし続けると、犬自体が「臆病者」になり、その裏返しで自分が強いことを人間に誇示しようと威嚇したり、噛もうとすることがあります。これは完全に、飼育上の失敗からくるものです。

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