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わさおに初めて会う

 2012年春。わさおに初めて会った。ハチ公との共通点、そして異なる点にアプローチしてみたいと、彼がマスコミに登場し始めたころから考えていた。映画化もされ、最も注目されていたころのわさおにではなく、世の中の熱が徐々に冷め、ふだんの生活を取り戻いつつあるタイミングを待っていた。そして、その時が来た。

 ハチ公とわさおは、全国に知られているという点で共通する。ハチ公が生きた大正から昭和にかけての時代、そしてインターネットなどを通じて瞬く間に情報が世界に飛び交う現代。その違いは無視できないものの、この2頭は国民的レベルで知られている、という点で一致する。

 秋田犬展覧会の最高峰は「名誉章」と呼ばれ、全国のベテラン飼育者が喉から手が出るほどほしい栄冠。たとえその名誉を獲得し、「日本一の秋田犬」の"称号"を手にしたとしても、その秋田犬があまねく全国に知られることはない。展覧会に情熱を燃やす人々やその家族、そして犬仲間といった範疇である。しかし、わさおは紛れもなく、ハチ公以来の全国に知られる"秋田犬"と言える。無論、世界的にも有名なハチ公とは、「重さ」という点で比較にならないのではあるが。

 本来の姿、形をしたものだけを「秋田犬」と、ベテランたちは呼ぶ。ハチ公が、そうであったように。つまり、長毛の秋田犬を正当な秋田犬とは認めない。マスコミは「秋田犬のわさお」と"連呼"してきた。それを聞くたびに、「あんなものが秋田犬か」とベテランたちの少なからずが嘲笑してきた。そして、「あれが本来の秋田犬の姿だと世の中が誤認するとしたら大変なことだ」との声も、一部で聞かれた。

 ハチ公とわさおの決定的な違いは、ハチ公が正式な姿、形の秋田犬なのに対し、わさおが長毛犬であるということ。わさおは、秋田、青森などの方言で使う「もぐ」である。しかし、長毛犬として生まれてきたことに対し、わさおには何の罪もなく、不運としか言い得ない。先の飼い主に捨てられ、新たな主人に出会うまで彼は、辛い体験も強いられたはずだ。

 当クラブは、独自の視点でわさおを取り上げてみたい。無論、マスコミ的な見方ではないし、宣伝でもない。「ブサかわ」などという、陳腐な表現で"揶揄"される彼を取り上げるのでもない。「今そこに存在」する、彼のありのままの姿を数枚の写真で紹介してみる。なお、当クラブでわさおを取り上げるにあたっては、「わさおプロジェクト」でマネージャー的な位置づけにある方の快諾を得た。

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 青森県鯵ヶ沢町で暮らす、わさおのもとにたどり着いたのは昼過ぎ。「昼寝の邪魔をするな」と言わんばかりの気だるい仕草で、もっそりと犬小屋から出てくると、立て続けに3度吠え、微動だにせず1点を見据えた。

 平日というのに、次から次へと観光客が訪れる。まだ人気は衰えていないようだ。平日ですらこうなのだから、日曜や祝日はごった返すほどのにぎわいだろう。

 尾を振るなどして愛想をよくする秋田犬も少なくない中、観察した40分ほどの間、少なくともわさおは誰にも媚を売ることはなかった。むしろ、気むずかしく、頑固な印象。それは、わさおの過去の経験に基づくのかも知れないし、年齢的な背景があるかも知れない。2012年現在の年齢は、5歳と推定される。

 わさおは、たまに吠える。観光客に吠えているふうではなく、ずっと先を見て吠えている。彼の生活空間の前は、交通量の多い車道。そちらを直視するかのごとく、吠える。わさおの視線の先には、何があるのか。最後まで、分からなかった。

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 わさおの父か母は、赤毛であろう。耳の赤毛が、如実にそれを物語っている。鼻は白毛特有の色だが、赤に多い眼の形だ。青森県内のベテラン飼育者に、聞いたことがある。「わさおは、どこの犬舎で産まれたんでしょうね」。

 耳がようやく立った"伸び"と言われる時期に、わさおはカモメのいる町に捨てられた。かつての飼育者はどのような気持ちで、まだ幼稚犬だったわさおをクルマに乗せ、鯵ヶ沢に向かったのだろうか。「こんな『もぐ』、展覧会にも出せねぇ」。そんな気持ちだったのだろうか。

 かつての飼育者は、わさおがこれほど有名になるとは夢にも思わなかっただろうし、「捨てた」という後ろめたさもあって名乗り出ることもできなかった。わさおは今の飼い主に大きな幸福をもたらし、小さな海沿いの町の活性化にも貢献している。仮に、「わさお」という名ではなく、今もかつての飼育者のもとで暮らしているとしたら、誰に知られることなくひっそりと半生を過ごしていたろう。運命は、誰にも分からない。

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 これは、わさおの頭上、ほんの7、8メートルの上空。一瞬、ヒッチコックの映画「鳥」を連想し、思わずシャッターを切った。真っ青な空に、カモメの大群。わさおは、この風景を見慣れているのだろう。動じぬばかりか、いちいち見上げることもしない。

 若い観光客が「すげぇ!」と叫んだ。尋常でない数のカモメが迫ってくるようで、驚いたのだろう。わさおは、カモメのいる風景に溶け込んでいる、とも言える。

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 わさおの犬舎の裏手には、海が広がっている。雄大な日本海。彼は毎日、水平線を見ながら散歩をする。春から夏にかけては気持ちの良い海風がわさおの頬を撫でるが、真冬は海面を滑る横なぐりの風雪が容赦なくたたきつけることだろう。とても心地よく、そしてとても過酷な四季の変化を感じつつ、彼は齢を重ねる。

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